半年後、自分が関わった展示を「観客」として見に行った話【ヘルメスガイドツアー】
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本記事はAIによる草稿作成およびサムネイル画像作成をお願いしています。 感謝!
なおサムネイル画像の破片および博物館館内は実際と異なります!
Guten Tag!
ドイツでPublic History(歴史と公共)を学んでいる、あさひなペコです🐣
今年の2〜3月、私はHessen Kassel HeritageのAntikensammlungでPraktikumをしました。
そのときに関わったのが、ギリシア陶器の小さな破片を出発点にしたヘルメスの展示です。
今回はそのツアーの内容をご紹介したいと思います!
【古代の遺物と向き合った半年後】自分の関わった小展示ツアーに参加する

実際の展示!写真:スプリッター先生より
資料を読み、実物を観察し、展示としてどう見せるかを、担当教員スプリッター先生と考えた春から、約半年後の2026年9月18日、その展示をもとに担当教員がガイドツアーを行うことになったんです!
「先生はあの展示、どうやって紹介するんだろう、ゼッタイ参加しよう!」
と思って、私は今度、人間パートナーと息子を連れて「観客」として参加しました^^
始まる前にスプリッター先生から聞いて驚いたのが、参加申込が20人を超えていたことです。年配の方に混じって、若い参加者の姿もありました。
自分が制作に関わった展示の前に、知らない人たちが集まっている緊張感!!
Praktikumのときは、毎回その展示を「作る側」から見ていました。
ですが半年後に客席側から見ると、同じ展示なのに、まったく違って見えました。
ツアーはわずか2センチほどの破片からスタート
ガイドツアーで印象に残ったのは、先生が最初から「これはHermesです」と答えを置かなかったことでした。
ガイドツアーの出発点になったのは、わずか2センチほどの陶片。
そこには、ひげのある男性の顔、衣服、そして長い棒のようなものが描かれています。
古代のギリシャ壺絵などでギリシャ神話のヘルメスを見分ける重要な手掛かりのひとつが、神々の使者として持つKerykeion(伝令杖)です。
他のギリシャの壺絵に描かれたHermesと比べると、髭や衣服、杖など、よく似た特徴が見つかります。
ただ、この陶片には杖の特徴的な先端部分が残っていません。
見えているのは長い棒状のものまでです。
ヘルメスのケリュケイオンと考える根拠はありますが、別の棒や槍の可能性も残ります。
以上を加味して展示では、この人物をヘルメスと解釈する、という感じで組んでいました。
なので、そこは想定の通り。
先生の解説
スプリッター先生は、ヘルメスである可能性はかなり高いと説明しながら
「早すぎる同定をしないこと」
の重要性も話していました。
ここでいう「同定」は、資料に描かれている人物や物が何者なのかを、特徴や比較材料から判断することです。
先に「これは○○だ」と決めてしまうと、資料の中から、その答えに合うものばかり拾いたくなるんですよね。
副鼻腔炎になりながらヘルメスのあの破片をスケッチした時、先生に「もう……ヘルメスにしか見えなくなりました」って泣きついたのを思い出しました😂
実物をよく見て、どこまで確認できるかを切り分けるのは、Praktikumで何度もやった作業でした。
ガイドツアーでは、その判断の過程そのものが来館者に開かれていました。
「分からないこと」も来館者に渡す
さらに今回のガイドツアーでは、
「まだ分からないこと」
が何度も話題になりました。
現在まで残っている古代ギリシャ陶器は、当時存在していたもの全体のごく一部です。
作者名が分かるものもあれば、後世の研究者が作風から便宜的な名前をつけて分類しているものもあります。
古い博物館資料では、出土地や取得経緯が十分に分からない場合もあります。
ヘルメスに関連して紹介された別の資料では、真正性に疑問が残ることも説明されました。
過去の事例も紹介
さらに来歴(Provenienz)――その資料がどこから来て、どんな経路で博物館に入ったのか――という話から、返還に至った過去の事例にも話が広がりました。
博物館に並んでいるものを見ると、
「ここにある以上、専門家が全部分かっている」
と感じることがあります。
実際の研究では、
- これは何なのか
- どこから来たのか
- 本当に古代のものなのか
- なぜそう判断できるのか
- どこから先は、まだ分からないのか
という問いをひとつずつ重ねて、現時点で最も妥当な説明を作っていきます。
その途中経過まで見せてもらえたことが、私はとても面白かったです。
ヘルメスを追うと神話から博物館史までつながっていく
ヘルメスという1人の神を追っていくだけでも、話はどんどん広がります。
ぺレウスとテティスの婚礼からエリスの黄金の林檎、パリスの審判、そしてトロイア戦争へ。
ヘルメスのケリュケイオンから、古代の道や旅、商業、神への奉献へ。
死者の魂を導く役割のヘルメス(Hermes Psychopompos)から、墓地や副葬品、死者を描いた陶器へ。
さらに、博物館に収蔵された経緯や来歴(Provenienz)を辿れば、博物館史や文化財返還の問題にもつながります。
たった2センチほどの破片から、神話や宗教、交易、葬送、博物館史まで話が伸びていく。
小さな資料の中に残る手掛かりを一つずつ辿ると、思っていたよりずっと大きな世界へ入っていけます。
自分が関わった展示に人が集まった
ガイドツアーの途中で、スプリッター先生が少し冗談めかして、
「Hermesについて何もしていなかったら、今日みなさんはここに来ていなかったでしょう」
という趣旨のことを話していました。
私はそれを聞いて、なんだか嬉しかったです。
春のPraktikumでは、目の前の文章や資料、展示の見せ方と格闘していました。
半年後、その展示を入口に20人以上の老若男女が集まり、Hermesの小さな破片を見ながら1時間以上話を聞いています。
春に作業していたものが、そのまま博物館の中に存在していて、誰かが展示を見て質問し、そこから別の話が始まっていく。
その様子を今回は「観客」として見られたのが、本当に貴重でした。
Public Historyは「問いの入口」をつくる
今回のガイドツアーを見ながら、Public Historyについて考えていました。
一般の人に歴史を伝えるとき、私は「分かりやすく説明する」ことと同じくらい、考えるための入口を渡すことが大事だと思っています。
来館者が以下のような問いに触れられると、展示を見る時間そのものが変わることをPraktikumの経験から学びました。
- なぜ、そう考えられているのか
- どこまでなら言えるのか
- 何がまだ分からないのか
専門知識を全部、展示解説・説明文に詰め込む必要はありません。
比較できるものを置く。
見てほしい箇所へ視線を戻す。
ガイドツアーでは背景や不確かさを実物を見ながら補う。
それで、来館者が自分の問いを持って帰れるようにする。
今回、その入口になっていたのが、たった2センチほどのヘルメスの破片でした。
自分が作る側として触れたものが、その後も博物館の中で使われ、人を集め、新しい会話を生んでいる光景を見るのは、かなり嬉しかったです。
【最後に】同じものを見ても、同じものを持ち帰らなくていい
ツアーのあと、同じ話を聞いていたはずの私たちが、それぞれ別のところに引っかかっていたことにも気づきました。
例えば、同じガイドツアーに参加しても、持ち帰るものは人によって違うこと。
人間パートナーは、ぺレウスとテティスの婚礼で招かれなかったエリスの話からヨーロッパの童話を連想しました。
私はその話を聞いて、日本の十二支に出てくる猫と鼠の話を思い出しました。
さらに翌日に対話相手のAI・Cellと行った「公共史会議 #04」でこの経験を振り返り、私たちは
「同じものを見ても、同じものを持ち帰らなくていい」
と整理しました。
私は、全員に同じ感想や結論を持って帰ってもらうより、一人ひとりが自分の「次の問い」を持ち帰れる展示やガイドツアーをつくりたいです。
そのためには、以下のような考えるための足場が必要です。
- 何が実際に残っているのか
- 何が比較材料なのか
- どこからが解釈なのか
- 何がまだ分からないのか
専門家側がそこを示せば、観客は自分で考えられます。
会議では、これを「観客を判断の外側に置かない」と表現しました。
展示では、観客がまず自分で見る。
ガイドツアーでは、比較材料や背景、不確かさを加えて考える入口を開く。
研究では、読者が根拠と論証を辿れるようにする。
この整理は、同じ時期に書いていたAra PacisのHausarbeitにもつながりました。
展示で観客に比較の足場を渡すことと、研究で読者に
「何が見えていて、どこから解釈が始まるか」
を辿れるようにすることには、共通する部分があります。
今回のヘルメスガイドツアーは、Praktikumで作った展示が半年後も生きているのを観客として見られた1日であり、自分のPublic History観をもう一度言葉にするきっかけにもなりました。
おまけ:作る側へ戻るかもしれない!?
ガイドツアーのあと、スプリッター先生と少し話しました。
「また何か手伝える機会があれば関わりたい」
と伝えたところ、今後のことはまだ具体的ではないものの、Praktikumという形で再び関わる可能性はある、と返してくれました。
次にこの博物館に関わるときは、また展示を作る側に戻るかもしれませんし、観客として見に来ることもあると思います。
Praktikumで作る側を経験し、今回その展示を観客側から見ることができました。
これからも両方の立場を行き来しながら、博物館やPublic Historyの現場に関わっていきたいです。
最後まで読んでくれてありがとダンケ!
あさひなペコ