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ローマ皇帝のプロパガンダは武力だけじゃない?|アラ・パキスから読み解く自己表象【SS26ゼミまとめ】

  
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本記事はAIによる草稿作成およびサムネイル画像作成をお願いしています。 感謝!
ペコ
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Guten Tag!

ドイツでPublic History(歴史と公共)を学びながら、AIとの共同作業や記録文化についても考えている、あさひなペコです🐣

2026年夏学期、私は「Die Selbstdarstellung des römischen Kaisers(ローマ皇帝の自己表象)」というゼミを受講しました。

この授業で扱ったのは、ローマ皇帝が自分の権力や正統性をどのように「見せた」のか、という問題です。

対象になるのは皇帝像だけではありません。

貨幣、碑文、祭壇、神殿、フォルム、城壁、港湾など、都市や日常の中に置かれたさまざまな媒体から、皇帝の自己表象を読み解いていきます。

【記事の要点】30秒でわかるまとめ

  • Selbstdarstellung(自己表象)とは、皇帝が彫像、貨幣、建築、碑文、儀礼空間などを通して、自らをどのような支配者として示したのかを考える視点
  • アラ・パキスでは、戦闘場面ではなく、行列、家族、子ども、祭司、神話的場面、豊かな植物文様などが重要な役割を持っているよ!
  • 「平和」は単に戦争がない状態ではなく、家族の継続、宗教儀礼、豊穣、秩序などが組み合わされた状態として表現されていると考えられている
  • 授業では、建造物を“見る”だけでなく、その空間を人がどのように歩き、使い、儀礼を行ったかまで含めて考えたよ!

ローマ皇帝のSelbstdarstellung(自己表象)とは?

このゼミの中心にあったのが、Selbstdarstellung(自己表象)という考え方です。

「何が描かれているか」だけじゃなく、次の条件を合わせて考えることで、皇帝が自分をどのような存在として示し、当時のローマ皇帝たちは支配をどう正当化しようとしたのかを読み解きます。

  • 誰が作ったのか
  • どこに置かれたのか
  • 誰が見るのか
  • その場所でどのような行為や儀礼が行われたのか

たとえば皇帝像なら、表情や服装だけでなく、身振り、神との距離、周囲の人物、設置場所まで見る。

貨幣なら、小さな図像や銘文が帝国の広い範囲へどのように皇帝像を運んだのかを考える。

建築なら、人が実際にその空間を通り、利用する経験までが、分析の対象です。

同じアウグストゥスでも「見せ方」は違う

受講前の私は「皇帝のプロパガンダ」と聞いて、巨大な皇帝像や戦勝記念碑のようなものをまず想像していました。

でも授業を通して、権力の見せ方はもっと多様だと分かりました。

同じ皇帝でも、媒体や空間によってメッセージの作り方は変わります。

たとえばAugustusforum(アウグストゥス・フォルム)では、Mars Ultor(マルス・ウルトア)、Aeneas(アエネアス)、Romulus(ロムルス)、ローマ史上の人物たちなどが一つの空間に結びつき、神話だけでなく歴史、家系、軍事的勝利がアウグストゥスの支配へ接続されます。

Ara Pacisはどうなのか

私が発表を担当したのは、Augustus(アウグストゥス)のAra Pacis Augustae(アラ・パキス・アウグスタエ/平和の祭壇)でした。

調べていくうちに面白かったのは、ローマ皇帝のプロパガンダが、単純に「戦争に勝った」「自分は強い」と示すだけではなかったことです。

目立つのは、戦闘場面や倒された敵ではなく、行列と家族、子ども、祭司、神話的場面、植物文様。
戦闘そのものよりも、家族や子ども、宗教儀礼、植物文様などを通して、支配のもとで成立する秩序や平和が表現されているっていう風にみえました。

【比較】アウグストゥス・フォルムとアラ・パキス

アウグストゥスの自己表象に関わる建造物を比較すると、前面に出される要素がかなり違うことが分かります。

アウグストゥス・フォルム

  • 軍事、神話、歴史、家系との結びつきが強い
  • Mars Ultor、Aeneas、Romulusなどが重要
  • 支配の正統性を、ローマの歴史や勝利と結びつけて見せる

アラ・パキス

  • ・行列、家族、子ども、祭司、神話的場面、植物文様が重要
  • ・戦闘そのものは前景化しない
  • ・秩序、継続、宗教儀礼、豊穣などを通して支配を見せる
ペコ
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「皇帝のプロパガンダ=戦争の勝利」という単純な図式では捉えきれないところが、この授業の面白さでした。

私の発表担当はAra Pacis Augustae(平和の祭壇)

前章でもちょっと出て来た、Ara Pacisについてここで拾いますね。

Ara Pacis Augustaeは、紀元前13年から9年にかけてローマに造られた祭壇です。

『神君アウグストゥスの業績録(Res Gestae Divi Augusti)』12章では、アウグストゥスがヒスパニアやガリアから帰還したことを機に、元老院が祭壇の建立を決め、役人、祭司、ウェスタの巫女たちが毎年犠牲を行うことが定められたと記されています。

ペコ
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ウェスタの巫女については、なんと偶然にも夏学期のコロキウムでも取り上げられました。

私の発表では、南北の行列、いわゆるAeneas(アエネアス)浮彫、Pax(パックス)/Tellus(テルス)などと呼ばれる浮彫、アカンサスを中心とする植物文様などを扱いました。

そこで考えたのが、「アラ・パキスは平和をどう見せているのか?」という問いです。

アラ・パキスの「平和」が家族や植物で表現されるのはなぜ?

アラ・パキスを見る際、「この図像は必ずこの意味である」と単純化するより、人物や植物・神話・儀礼空間が組み合わさることで、どのような支配のイメージが生まれるのかを見る方が面白いところでした。

前述の通り、アラ・パキスの行列には、皇帝や祭司だけでなく、家族や子どもたちの姿も見られます。

とくにアカンサスを中心とする植物文様や、Pax/Tellusなどと呼ばれる浮彫を見ていると、自然の豊かさもまた、アウグストゥス期の秩序を可視化する要素として機能しているように見えます。

ここで私が興味を持ったのは、「平和」が戦争の不在としてだけでなく、社会の継続や秩序と結びついて見えることでした。

人物が整然と並ぶ。

家族や子どもが参加する。

宗教儀礼が行われる。

植物が豊かに繁茂する。

これらの要素が重なることで、平和が「何も起きていない状態」ではなく、社会が続き、秩序が保たれ、豊かさがある状態として表現されている、と私は読みました。

 Ara Pacisはなぜ神社やお寺を連想させた?|空間と儀礼を考える

アラ・パキスを調べる中で、私の理解が大きく変わったのは、ルフィング先生と祭祀空間について話したときでした。

ペコ
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以前、アントロポツェンの授業担当だったクレッバー先生から「可能な限り早い段階で担当教師と話してきなさい」と言われていたので、今回も少し緊張しながらルフィング先生を訪ねました。

現代の私たちは、アラ・パキスを博物館の中で「見る対象」として捉えがちです。

でも当時の古代ローマまでさかのぼれば、本来そこでは、祭祀が行われ、人が訪れ、空間の中を動き、実際に儀礼を行う場所だったんですよね。

その話をルフィング先生としたとき、私は「日本の神社やお寺に少し似ている」と感じました。

もちろん、アラ・パキスと日本の神社・寺院が歴史的に同じものだという意味ではありません。

私が似ていると感じたのは、建物や装飾を遠くから眺めるだけではなく、当時の人たちがその場所へ行き、歩き、行為や儀礼を通して空間の意味を経験する、という点です。

この視点を持つと、アラ・パキスの浮彫や植物文様も、単独の「絵」ではなく、祭壇全体とそこで行われる行為の一部として見えてきました。

秀吉や天皇を思い出しながら、ローマ皇帝を考えた

このゼミでは、ローマ史を勉強しているのに、授業中に何度も日本史のことを思い出しました。

皇帝と神の距離を考えているときには、日本の天皇を連想しました。巨大建築や都市空間を通して権力を見せる話では、秀吉のことも頭に浮かびました。

もちろん、「ローマと日本は同じだった」と言いたいわけではありません。むしろ、自分が知っている歴史と一度比べてみることで、違いが見えやすくなりました。

  • なぜこの権力者は勝利を見せるのか?
  • なぜ別の場面では宗教や家族を使うの?
  • なぜ建築そのものが支配の表現になるの?

そんな感じで比較しながら考えると、「権力者は自分をどう見せれば、その支配を納得できるものとして提示できるのか」という問いが、ローマだけの話ではなくなってきました。

「プロパガンダ」の見え方が変わった

このゼミを通して、私の中で「プロパガンダ」という言葉のイメージも変わりました。

大きな像を建てたり、「自分は偉い」と直接宣伝するだけが、権力の見せ方ではないという点です。

次のようなものも、支配者がどのような世界を実現しているのかを人々に示す媒体になり得ます。

  • 人が使う貨幣
  • 都市の中で目にする建物
  • 祭祀を行う場所
  • 歴史や神話が配置された公共空間
  • 生活を支える港や城壁

授業ではTraianus(トラヤヌス)のForum Traiani(トラヤヌスのフォーラム)やTrajanssäule(トラヤヌスの柱)も扱いました。
そこでは、ダキア戦争、軍隊、征服、巨大建築などがより強く前面に出ます。

一方、港湾や城壁のような実用的な施設も、ただ便利なだけではなく、「供給を維持できる」「都市を守れる」「大規模事業を実現できる」といった統治能力の表現として考えられるんですよね。

ペコ
ペコ
皇帝の権力は、いつも剣や戦勝品だけに見られるわけではない!
めちゃくちゃ学びになりました。

【最後に】Macht der Bilder(イメージの力)とは何だったのか

このゼミで一番面白かったのは、「皇帝は何を描かせたのか」だけでなく、「どう見せれば支配が納得できるものになるのか」を考えられたことでした。

同じ皇帝でも、場所と媒体が変われば、次のように自己表象の作り方も変わります。

  • 勝利を見せる
  • 神との近さを見せる
  • 家族や後継者を見せる
  • 平和や豊穣を見せる
  • 都市整備やインフラを見せる

私はこのゼミでアラ・パキスを担当したことで、政治的なメッセージは必ずしも露骨である必要はない、と実感しました。

戦争を描かなくても、家族や儀礼、自然、都市空間を組み合わせれば「この支配のもとには秩序がある」という像を作れます。
さらに、意味付けは彫刻だけで完結するのではなく、人がその場所を訪れ、歩き、儀礼を行う経験とも結びついていました。

しかもローマ皇帝について勉強していたはずなのに、神社やお寺、天皇、秀吉まで頭に浮かんでくる(笑)

自分が知っている歴史と行ったり来たりしながら、「権力はどう見える形になるのか」を考えられたことが、このゼミの一番面白かったところでした。

 

最後まで読んでくれてありがとダンケ!

あさひなペコ

 

よくある質問(FAQ)

Q1. Ara Pacis Augustae(アラ・パキス・アウグスタエ)とは何ですか?

アウグストゥスの時代、紀元前13年から9年にかけてローマに造られた祭壇です。

『神君アウグストゥスの業績録(Res Gestae Divi Augusti)』12章では、アウグストゥスのヒスパニア・ガリアからの帰還を機に元老院が建立を決め、毎年犠牲を行うことが定められたと記されています。

Q2. なぜ「平和の祭壇」と呼ばれるのですか?

名称のPacisはpax(平和)に由来します。

ただし、アラ・パキスで表現される平和を考えるときは、単に「戦争がないこと」だけでなく、家族、宗教儀礼、豊穣、自然、社会秩序などが組み合わされている点が重要です。

Q3. ローマ皇帝のSelbstdarstellung(自己表象)とは?

皇帝が彫像、貨幣、碑文、建築、祭祀などを通して、自分をどのような支配者として示したのかを考える視点です。

軍事的勝利だけでなく、神との関係や家族、後継、平和、公共事業、都市空間なども分析対象になります。

Q4. アラ・パキスと日本の神社・寺院は同じものですか?

いいえ。歴史的背景も宗教的文脈も異なります。

本記事での比較は、空間を歩き、儀礼を行い、その場所を経験するという点から、筆者自身が理解を深めるために行った連想です。

※本記事における神社・寺院、天皇、秀吉などとの比較は、ローマと日本を同一視するためのものではありません。
授業内容を自分の既知の歴史と往還させ、違いを考えるための筆者自身の比較・考察です。

参考文献・参照した主な文献

※以下は、SS26ゼミ発表と、その後に提出したAra PacisのHausarbeitで実際に使用したQuellen-/Literaturverzeichnisから、本記事に直接関係するものを抜粋しています。

Augustus: Meine Taten. Res Gestae Divi Augusti. Lateinisch-griechisch-deutsch. Hg. von E. Weber. Berlin/Boston, 7. Aufl. 2015.

Höcker, C.: s.v. Ara Pacis Augustae. DNP 1 (1996), 941–944.

Simon, E.: Ara Pacis Augustae. Dettelbach 2019.

Zanker, P.: Augustus und die Macht der Bilder. München 1987.

Galinsky, K.: Augustan Culture. An Interpretive Introduction. Princeton 1996.

Castriota, D.: The Ara Pacis Augustae and the Imagery of Abundance in Later Greek and Early Roman Imperial Art. Princeton 1995.

Small, J.: s.v. Pax. LIMC VII/1 (1994), 204–212.

Müller, P.: s.v. Tellus. LIMC VIII/1 (1997), 879–889.

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