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歴史を語るのは歴史学者だけ? Public Historyから考える「誰が過去を語るのか」

    
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ペコ
ペコ

Guten Tag!

ドイツでPublic History(歴史と公共)を学んでいる、あさひなペコです🐣

 

突然ですが、歴史って、誰が語ってるでしょうか。

実はPublic Historyから見ると、答えは

「歴史学者だけではない。ただし、語る責任と根拠は消えない」

なんです。

今回の入り口シリーズでは、Public History目線で「誰が歴史を語るのか」について書いていきたいと思います。

歴史は大学の外でも語られている!

歴史について詳しく話している人を見ると、

「その人、歴史学者なの?」

などといった反応が出ることがあります。

たしかに史料を読み、先行研究を検討し、専門的な方法で過去を研究する訓練には意味があります。

でも、私たちが普段「歴史」に触れる場所を思い出してみてください。

歴史は、大学の研究室だけで語られているわけではないんです!

  • 博物館のガイド
  • 地域の郷土史家
  • 歴史好きの人
  • 祖父母の昔話
  • ドキュメンタリー
  • 歴史映画
  • ゲーム
  • 自治体の記念碑
  • 発掘品
  • 学校の先生
  • アーカイブの職員

こうしてみると、歴史はいろんな人、立場、媒体で語られていますね!

歴史学者には専門家としての固有の仕事がある

最初に、専門性を薄めないところから始めます。

史料を批判的に読む技術は歴史学の中心

歴史学者は「昔のことをたくさん知っている人」だけではなく、以下のような専門職としての訓練があります。

  • 史料の作成者や年代、目的、欠落、矛盾を確認し、反対の証拠も含めて説明する
  • 出典を示し、他の研究者が検証できる形にする

American Historical Association(AHA)でも、歴史研究を一次史料と二次研究を批判的に検討しながら議論を組み立てる実践、として位置づけています。

参考:American Historical Association, “Writing History: An Introductory Guide to How History Is Produced”

専門家だから「絶対に正しい」!?

想定外かもしれませんが、実はそんなことはありません💦

同時に、以下のように専門家の研究も更新されます。

  • 新しい史料が見つかる
  • 既存の史料が別の角度から読み直される
  • これまで見落とされていた人々の経験が研究対象になる

専門性とは、答えを永久に固定する権威ではなく、根拠を示し、批判に開かれた方法で過去を論じる責任だと考えたほうが、分かりやすいでしょう。

社会で歴史を語る人は歴史学者だけではない

Public Historyでは、歴史が大学の外でどう使われているかを扱います。

ではここで社会に目を向けてみましょう!

博物館やアーカイブ・保存・メディアにも「歴史を扱う人」がいる

National Council on Public History(NCPH)は、Public Historyの担い手として、多様な職種や実践の場を挙げています。

  • 博物館職員
  • アーキビスト
  • オーラルヒストリアン
  • 文化資源管理者
  • キュレーター
  • 地域史家
  • 歴史保存の専門家
  • 映画・メディア制作者
  • コミュニティ活動家など

ここで見えてくるのは、「歴史を研究する職業」と「歴史を社会へ届ける仕事」が1つではないことです。

参考:National Council on Public History, “About the Field”

地域の人が持つ知識は専門書にないことがある

さらに地域史を調べていると、住民が持つ写真や店の帳簿、家族の手紙、地名の記憶、建物の使われ方など、地域の中にしか残っていない情報に出会います。

このような情報は、学位の有無で価値が決まるわけではないですよね。

ですが歴史として使うときには、どうしても「誰がいつ語ったのか」「別の記録とどう対応するか」を確認しなければなりません。

「誰でも語れる」なら、何を信じてもいいの?

Public Historyでは、語り手が増えること自体を歓迎します。

でも声が増えることと、どんな語りも同じだけ確からしいことは別です。

だからこそ、当事者の経験を大切にしながら、根拠や立場、記録との対応も一緒に見ていきます。

専門家が代替できない価値がある「当事者の声」

戦争や移住、労働、差別、地域の変化は、専門家が外から説明するだけでは得られない知識です。

このような経験をした人の証言は、その人が何を見て、どう感じ、どう記憶しているかを伝えます。

当事者性も事実確認も大事

人間の記憶には間違いもありますし、立場によって見えないものもあります。

だからこそ、証言を尊重することと、史料批判をやめることは別です。

「私はそう覚えている」

という記録は、そのまま重要な史料です。

ただし

「だから出来事全体も必ずその通りだった」

と飛躍しないこと。

Public Historyでは、この2つを同時に持つ必要があります。

専門家の役割は関係を整理すること

Public Historyの共同作業では、専門家が全部の答えを持つのでも、市民の声を無条件に採用するのでもありません。

史料の位置づけや背景、矛盾、公開範囲、倫理を整理しながら、複数の知識をつなぎ合わせます。

私自身、カッセルの博物館実習でヘルメスをテーマにした小展示のキャプションを考えたとき、彫刻を学ぶ他のプラクティクムの学生と担当教員と3人で一緒に言葉を詰めました。

ひとりでは気づかなかった見え方や専門的な確認が入り、逆に私が調べてきた資料の文脈を説明することで、短いキャプションの中に複数の知識が折り重なっていきました。

あの作業は、shared authorityを大げさな理念ではなく、実際の編集作業として理解する手がかりになっています。

歴史は「誰が語るか」で見え方が変わる

歴史は多くの人や媒体によって語られています。

なので同じ出来事でも、語り手あるいは語る手法によって焦点が変わります。

行政が作る歴史の場合

市史、記念碑、公式年表では、制度や公的な出来事が中心になりやすいです。

何を記録として残すかを行政が選ぶため、政策や制度の変化は見えやすくなる一方、日常の細かな経験はこぼれることがあります。

なので「何が書かれているか」だけでなく、「何が記録の外に置かれたか」も見てみる必要があります。

家族が語る歴史の場合

手紙、写真、思い出話では、食卓、仕事、子育て、移動など日常が前に出ます。

公的な記録には残りにくい感情や家族内の出来事が見えるのが強みです。

ただし、家族の中でも覚えていることや語りたいことは違うため、1つの思い出だけで全体を代表させない視点も必要です。

博物館が作る歴史

博物館では、史料そのものと編集の判断が同時に見られます。

限られた展示空間の中で、資料を選び、解説を付け、来館者に一つの筋道を示します。

展示される物だけでなく、並べる順番やキャプションの言葉、あえて出さない資料までが語りの一部です。

映画やゲーム・マンガなどのメディアが作る歴史

物語、画面、音、操作を通して、過去のイメージを強く社会へ広げます。

学術論文よりも多くの人に届くことがあり、その作品で初めて特定の時代を知る人もいます。

私自身もゲーム「戦国無双」で日本史の魅力にドはまりし、見事に歴女になりました(笑)

一方で、演出やゲーム性のために再構成された部分もあるので、作品が何を史実として扱い、どこから創作しているかを見る必要があります。

同じ方法ではないからこそ、「誰が語っているのか」を確認することが大切です。

Public Historyで大事なのは「shared authority」を雑に理解しないこと

NCPHは、Public Historyの特徴として協働やshared authorityをめぐる議論を紹介しています。

私はこれを、「専門家が権威を全部手放して、全員の意見を同じにすること」だとは考えていません。

むしろ、歴史を作る知識や経験が複数の場所にあることを認め、その関係を明示しながら一緒に作ることだと思っています。

史料を読む訓練を持つ人。現場を知る人。経験を語る人。保存技術を持つ人。デザインで伝える人。

役割が違うからこそ、共同作業に意味があります。

参考:National Council on Public History, “About the Field”
参考:National Council on Public History, “Disrupting authority: The radical roots and branches of oral history”

歴史の語りを見たら4つの問いを置いてみよう

誰かが語る歴史を実際に読むときは、内容だけでなく、その語りがどんな位置から作られているかを見るとより見え方がはっきりします。

もしあなたが歴史に関する展示や話題を見聞きしたり、媒体で触れることがあるなら、次の4つに分けて確認してみましょう。

1.誰が歴史を語っている?

研究者、行政、当事者、企業、地域団体、メディアなど、前述の通り、歴史を語る人や媒体は多くあります。

誰が語っているかに注目するだけで、前提が見えます。

2.誰に向けて歴史を語っている?

同じ歴史がテーマでも、学術論文と観光ガイドでは、目的も必要な説明量も違います。

博物館のキャプションと書籍でも大きな違いがあります。

Webライティングで言うところのペルソナですね!!

3.語っている歴史は何を根拠にしている?

史料や証言、研究、伝承といった、根拠が示されているか確認します。

書籍や電子メディアで見るなら、参考資料や出典元でしょうか。

ゲームや映画など娯楽媒体の場合は、作品紹介やエンドクレジット、製作者インタビューなどを見てみましょう。

4.別の声はある?

1つの語りだけで過去全体を代表していないか考えます。

たとえば同じ戦争でも、政府や軍の記録だけでなく、兵士、民間人、占領された地域、避難した人、家族を失った人の記録では見える景色が違います。社会階層やジェンダー、移住の経験によっても、残る史料や語られ方は変わります。『別の声はある?』という問いは、勝者と敗者の二択にするのではなく、ひとつの語りで過去全体を代表していないか確かめるための問いです。

おわりに|歴史学者だけのものではない!だから方法が必要になる

実際、私たちは博物館だけでなく、地域や家族、映画、ゲーム、記念碑など、さまざまな場所で歴史に触れています。

なので歴史を語るのは、歴史学者だけではないことがわかります。

でも「誰でも語れる」からこそ、根拠や立場、目的、編集を確認する必要があります。

専門家の方法と、市民の経験は敵ではありません。

両者がどう出会い、どこで緊張し、どんな歴史を社会へ出していくのかを考えることが、Public Historyです。

 

最後まで読んでくれてありがとダンケ!

あさひなペコ

    

小さなデジタルZINEと5通の“知の旅便り”。

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