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歴史はなぜ変わる?史料批判から考える「いま分かること」

    
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歴史はなぜ変わる?史料批判から考える「いま分かること」
本記事はAIによる草稿作成およびサムネイル画像作成をお願いしています。 感謝!

 

ペコ
ペコ

Guten Tag!

ドイツでPublic History(歴史と公共)を学びながら、AIとの共同作業や記録文化についても考えている、あさひなペコです🐣

 

 

今回のテーマは

なぜ歴史が変わるか?

という点です。

 

この記事を読んでいる方の中には、生きてる間に、技術の進歩も相まって歴史に新たな発見があった!っていうこと、あるんじゃないでしょうか?

 

このテーマは先日、友人夫婦と食事をしていたとき、
「歴史って、あとから変わることがありますよね」
という話になったことがきっかけで考えました。

 

さっそく行きましょう!

きっかけは鎌倉幕府

鎌倉幕府の開府なんていい例ですよね。

 

私が学校で習ったころ、鎌倉幕府の成立といえば「1192年」でした。

90年~2000年代に学生だった人はきっと

「いい国つくろう鎌倉幕府(1192年)」
という語呂合わせで鎌倉幕府を覚えているという方も多いと思います。

 

ところが、現在の教科書では

「1192年から1185年へ正解が変更された」

と、単純に扱われていないですよね。

 

頼朝の東国支配や朝廷による支配権の承認、政所・問注所の設置、1185年の守護・地頭設置、1192年の征夷大将軍就任など、1180年代から1192年までに武家政権が段階的に形づくられていったと捉える説明が広がっています。

 

つまり、ここで見直されているのは、「何をもって鎌倉幕府の成立とみなすのか」という私たちの理解です。

 

歴史が変わるとき、何が変わっている?

では、歴史が変わるとはどういうことでしょうか。

 

起きた過去そのものは変わりませんよね!

 

変わるのは、残された史料をどう評価するか、何を根拠として採用するか、そしてそこからどのような解釈を組み立てるかという、私たちの「理解」の側です。

 

新しい史料が見つかることもあるし、すでに知られていた史料が別の角度から読み直されることもあります。

さらに研究方法が変わったり、それまで注目されてこなかった問いが立てられたりすることもあるでしょう。

 

その結果、以前は有力だった説明が修正されていきます。

 

私は、ここに歴史学の強さがあると思っています。

一度できあがった説明も、根拠をもう一度検討し、必要なら自分たちの理解のほうを直す。

歴史学は、そうやって更新され続けています。

古代の人が書いたものをそのまま「事実」とは読まない

さらに食事の席で、話はそこから古代史へ移りました。

 

私が今お世話になっている古代史(ギリシャ・ローマ)では、古代の著述家が残した文章が重要な手がかりです。

ですが、古代の人が
「こうだった」
と書いていても、その記述をそのまま「実際に起きたこと」としては受け取りません。

そこで出てくる史料批判

ここで必要になるのが、史料批判という作業です。

https://asahina-peco.com/history-method-quellenkritik/

 

史料批判という字面だけでも難しい言葉に見えますが、基本にある問いはかなり具体的なんです。

 

  • 誰が書いたのか
  • いつ、どこで書かれたのか
  • どんな立場にいた人なのか
  • 何のために書いたのか
  • 何を知れて、逆に何を知れなかったのか
  • 他の史料と比べるとどう見えるのか

 

事例:カッシウス・ディオの『ローマ史』

たとえば、私が研究でよく向き合うカッシウス・ディオの『ローマ史』もそうだ。

 

ディオはローマ帝国の元老院議員でもあった歴史家で、膨大な先行する文献や記録を利用しながらローマの歴史を書きました。

 

しかし、彼の叙述は材料をそのまま並べたものではないんです。

 

何を採用し、どう構成し、どこに意味を見いだすかには、ディオ自身の政治的・社会的な位置や関心、彼が生きた時代、そして古代の歴史叙述の作法も関わっています。

 

たとえば、古代の歴史書に出てくる長い演説は、著述家が再構成した文章として読む必要があります。ディオも、演説が行われたという情報や先行する記録を使いながら、その内容を自分の叙述目的に合わせて組み直したり、膨らませたりすることがありました。

 

つまり演説は、出来事の背景や人物の立場、政治上の争点を読者へ伝えるために、著述家が組み立てた文章表現でもあったんです。

 

だから、単純に本を出されても、

「ディオはこう書いている。だから事実だ」

で終われないんです。

 

ペコ:私も最初、古代の当人が書いてるから正しいのでは?と思ったけど、そうでもないんです。

 

たとえば、石に刻まれた碑文、当時使われた貨幣、遺跡や出土品、ほかの著述家が残した記録などと見比べます。

さらに、その史料がどのように作られ、伝わり、現在まで残ったのかも見ねばなりません。

 

史料には、作られた時代や書き手の立場、現在までの残り方まで刻まれています。

その史料がどのような条件で生まれたのかまで含めて読むことで、そこから何を言えて、何をまだ言えないのかが見えてきます。

【意外】過去の研究も「正解集」ではない

同じ読み方は、過去の研究書や論文にも必要なんですよね!

過去の研究書や論文も

「研究者が書いたものだから正しい」

と決めつけず、根拠と論証を確認します。

 

研究者も、その時点で利用できた史料や当時の研究動向、方法論、問題関心の中で議論を組み立てています。

なので後の研究によって批判されたり、新しい史料によって修正されたり、別の説明のほうが説得力を持つようになったりします。

 

だから先行研究を読むときにも、

「誰が言ったか」

に加えて、

「何を根拠に、どう論証したのか」

を見るんです。

 

鎌倉幕府の成立年代の話も、まさにその一例だと思いました。

 

1192年と1185年は、それぞれ別の出来事を指す年代です。

武家政権の成立をどの制度や出来事に求めるのかを検討した結果、「成立」を一つの日付だけで切ること自体が適切なのか、という問いが前に出てきた。

 

歴史が変わるときに動いているのは、過去へ向ける問いと、それに答えるための根拠の組み合わせなのだと思いました。

 

「いま分かること」をどう伝えるか

過去の記録に誇張や偏りがあり、研究も更新され続けるなら、歴史家はそれをどう受け止め、一般の人へどう伝えていくのか。

 

友人の旦那さんから出た問いで、私がいちばん面白いと思ったのは上記でした。

 

Public Historyを学び、日々意識して考えていると、この問いはかなり重いです。

 

博物館の展示でも、歴史番組でも、学校教育でも、ブログでも、一般向けに歴史を伝えるときには、どうしても複雑な研究をある程度整理して説明することになります。

 

でも、そこで
「絶対に正しい、ひとつの物語」
にしてしまう必要はないと思うんです。

 

「この史料では、こう描かれている」

「別の証拠と照らすと、ここまでは確認できる」

「現在の研究では、この説明が有力だ」

「ただし、この点については議論が続いている」

 

そうやって、結論に加えて「どこまではかなり確かと言えそうか」「どこから先はまだ議論があるのか」、そしてその判断は何を根拠にしているのかまで一緒に伝えられます。

 

もちろん、毎回すべての学説を並べる必要はありません。

一般向けの記事を専門論文にしてしまったら、今度は伝わらなくなります。

 

だからこそ、

「何を削ってもいいのか」

と

「何を削ると誤解になるのか」

を選ぶことが、歴史を伝える側の仕事になると考えています。

 

歴史が更新されることを、

「教科書がころころ変わって信用できない」

と見ることもできます。でも私は、説明が証拠に合わなくなったときに修正できることを、検証が続いている証拠として見たいなぁと思いました。

 

ペコ:「いま分かっていること」を伝えるに加えて、それがどんな根拠の上にあり、どこから先はまだ分からないのかも伝える。

歴史を公共の場へ持っていくとき、私はその両方を大事にしたいです。

 

【余談】AIが出した歴史情報をどう扱うか

同じ食事の席では、これとは別の話題として、

「歴史分野でAIが出した内容を、どうやってハルシネーション(嘘)だと判断するのか」

とも聞かれた。

 

私の答えはかなり単純で、

 

「最初から疑ってかかって、ソースを調べて検証する」

 

以上!(笑)

 

AIがもっともらしい文章を出しても、その文章自体を根拠にはしません。

 

紹介された史料や研究文献が実在するのか。

その資料に本当にそう書かれているのか。

そこから、その主張まで言えるのか。元の資料へ戻って確認します。

 

AIの出力と古代史料は、性質も成立過程も違います。ここでは同一視しません。

 

ただ、歴史を扱うときに

「もっともらしく語られたものを、そのまま事実として受け取らない」

という姿勢は、どちらにも必要だと思います。

 

歴史を学ぶときは、過去の「正解」を覚えるだけで終わらず、何を根拠に、どこまでなら言えるのかを考えます。

そして、新しい根拠が出てきたとき、自分の理解を更新できるのかという問いを持ち続けることも、歴史学の大事な一部なのだと思います。

 

【最後に】歴史が変わるのは調べ直しているから

 

ここまでの話をまとめると、新しい史料が見つかったり、すでに知られていた史料の読み方が変わったりすることで、

「何を根拠に、どこまで言えるのか」

という私たちの歴史に対する理解が更新されていきます。

 

そのため歴史学では、古代の史料も過去の研究も

「書いてあるから正しい」

とはせず、誰が、いつ、どんな立場で作ったのか、ほかの証拠と照らしたときにどう見えるのかを確かめます。

 

そしてPublic Historyでは、その更新可能性も含めて、

「いま何が分かっているのか」

「どこから先はまだ議論があるのか」

を一般の人に分かる形で伝えることが大切だと私は考えています。

 

歴史が変わるのは、調べ直し、問い直し、必要なら説明を直す作業が続いているから。

 

歴史が変わるときに更新されるのは、過去についての私たちの理解です。

 

私はそこに、歴史学のおもしろさと強さがあると思います。

 

最後までありがとダンケ!

あさひなペコ

 

参考資料

・株式会社帝国書院「鎌倉幕府の成立は1192年ではないという説が有力になっていますが、どのような根拠にもとづいているのですか。」

・University of Basel, Department of History, “Source Analysis”

・John Rich, “Cassius Dio revived,” The Journal of Roman Studies 115 (2025), pp. 197–220.

    

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