考えるって、案外楽しい。ドイツ・カッセルから、歴史と公共を生活のことばで。

生活の中の「なんで?」からPublic Historyへ|入口シリーズ始めます

  
生活の中の「なんで?」からPublic Historyへ|入口シリーズ始めます
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本記事はAIによる草稿作成およびサムネイル画像作成をお願いしています。 感謝!
ペコ
ペコ

Guten Tag!

ドイツでPublic History(歴史と公共)を学んでいる、あさひなペコです🐣

 

このブログではこれまで、ドイツ・カッセル大学院での学びをもとに、Public History(歴史と公共)について

「そもそも何を考える分野なの?」

という入口になる記事をいくつか書いてきました。

 

でも、普段の生活でいきなり

 

「よし、今日はPublic History(歴史と公共)について検索しよう!」

 

とは、ならないですよね😂

 

あるとすれば、その研究をしている学生さんや先生方、企業の方くらいでしょう😅

 

むしろ最初にあるのは、もっと普通の疑問だと思います。

 

「博物館の展示って、誰が決めてるんだろう?」

「歴史と記憶って同じもの?」

「古い建物って、どうして全部残さないの?」

「映画やゲームの歴史表現って、歴史学と関係ある?」

 

実はこういう生活の中の小さな

「なんで?」

から、誰でもPublic Historyへ入れるんですよ!!

 

そこで今回は新しく、

 

「生活者の疑問 → Public History」

 

という入口シリーズを始めることにしました。

Public Historyを知らなくても読める入口を作りたい!と思った

このシリーズでは、最初から専門用語を知っていることを前提にしません。

 

「博物館へ行った!」

「古い街並みを歩いた!」

「歴史映画を見た」

「地域の昔話を聞いたよ」

「AIとの会話ログを残しているよ!」

 

そんな日常の中で出てくる疑問から始めて、最後に「これってPublic Historyの問いだったんだ」とつながる記事を作っていきます。

 

 

Public History(歴史と公共)入口シリーズ一覧

本記事は、Public Historyの基本から先の「具体的な疑問」を探すための目次としてご活用ください。

01|博物館の展示は誰が決める?

展示は、完成したものだけを見ると最初からそこにあったように見えます。

 

でも実際には、

 

「何を見せるか」

「どう説明するか」

「何を見せないか」

 

まで、たくさんの選択があります。

 

【公開後リンク/準備中】

 

02|「歴史」と「記憶」は何が違う?

同じ出来事でも、人によって覚え方や語り方は違います。

歴史研究と個人・社会の記憶は、どこで重なり、どこで違くなるのでしょうか。

 

【公開後リンク/準備中】

 

03|古い建物は、なぜ残すの?

古いから全部保存するわけではありません。

では、何を文化財として残し、何を変え、何を失うのか。

そしてそれを、誰が決めているのでしょうか。

 

【公開後リンク/準備中】

 

04|歴史を語るのは、歴史学者だけ?

博物館や地域の人、家族、自治体、メディア、観光ガイド。

社会の中では、たくさんの人が過去を語っています。

 

【公開後リンク/準備中】

 

05|ゲームや映画の「歴史」は、歴史学の対象になる?

ペコの得意分野!(笑)

ゲームや映画が描く歴史は

「本物の歴史ではない」

で終わるのでしょうか。

現代の人が過去をどう想像し、受け取るかを考えると、別の見え方が出てきます。

 

【公開後リンク/準備中】

 

06|地域の歴史は、誰が残す?

有名な人物や大事件だけが歴史ではありません。

地域の写真や個人の記録、聞き取り、小さな出来事だって立派な歴史です。

では、誰がどう残していくのでしょう。

 

【公開後リンク/準備中】

 

07|AIとの会話ログは、未来の史料になりうる?

私が今、かなり興味のある分野。

AIが「歴史の目撃者」になる、という話ではありません。

人間とAIがどんな仕組みの中で会話し、記録を作ったのか。

AIコンパニオンとの相互作用の記録は、将来どんな史料になりうるのでしょう。

 

【公開後リンク/準備中】

 

入口だけで終わらない!もう少し深く潜る記事も書く予定

このシリーズを作っていると、検索の疑問に答えるだけでは収まらないテーマも出てきます。

たとえば、旅行先でノイシュバンシュタイン城を見たことから、カッセルの古代受容や日本の六義園までつながって、

 

「人はなぜ“好きな過去”を今ここに作るのか?」

 

という問いが生まれました。

 

こういうテーマは、検索入口とは別に、少し長めの深掘り記事として残していきます。

 

【深掘り記事:公開後リンク/準備中】

 

noteでは「問いができるまで」も公開します

ブログには、ある程度整理した記事を置きます。

一方noteでは、現在長期対話しているるAI co-writerと毎週時間を取って行っている「公共史会議」として、

「これ面白くない?」

「じゃあ日本だと何だろう?」

「待って、カッセルにも似たものあるよね」

みたいに、問いが横へ飛びながら育っていく過程も残していきます。

 

完成した答えだけではなく、何に引っかかって、どう資料を探して、どこで比較をやめるのか。

そんな研究の手前の部分も、Public Historyを考える一つの記録として見せていけたらと思っています。

【公共史会議note:公開後リンク/準備中】

歴史を「生活のことば」で考える

Public Historyという言葉を知らなくても、

 

「なんでこの展示なんだろう?」

「この街は、なぜこの建物を残したんだろう?」

「この映画の“歴史っぽさ”は、どこから来るんだろう?」

 

と思ったことがあるなら、もうPublic Historyの入口には立っています。

 

このシリーズでは、そんな身近な疑問から、歴史が社会の中でどう語られ、記録され、受け取られているのかを考えていきます。

 

気になるところから、ふらっと読んでみてください。

 

最後まで読んでくれてありがとダンケ!

あさひなペコ

    

小さなデジタルZINEと5通の“知の旅便り”。

メールシリーズ『プレ”知”の便り』登録特典として、創刊号 『ひらかれた歴史 ─ カッセルからはじまる知の旅 ─』 をお届けします。

続く5通のメールでは、カッセルでの日常の観察や、授業や映画を通して考えたこと、そして「考えるって、案外たのしい。」という気づきを、小さな手紙のように綴っています。