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推し再解釈はなぜ成立したのか?|解釈学×ChatGPTで物語が再構築されるプロセス

    
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推し再解釈はなぜ成立したのか?|解釈学×ChatGPTで物語が再構築され...
ペコ
ペコ
Guten Tag!
ドイツでママ大学院生をやっている、あさひなペコです🐣

 

前回の記事↓の続きで、本記事は分析編です。

 

 

サムネは今回もAIにお願いしました。

助かるぅ。

 

この記事で分かること

  • 推しキャラの再解釈が成立するプロセス
  • 解釈学(ガダマー)とキャラ分析の関係
  • ChatGPTあるいはAIを使った思考の整理方法

 

今回はなんでペコの推し再々解釈が実現できたのかを考えてみました。

 

なぜ再解釈が必要だったのか

既に前回の記事で書いた内容と重複しますが、改めて書かせていただくと……

私は推しキャラに対して10年以上、

「好きだけど、どこか公式設定に納得しきれていない」

という違和感を抱え続けていました。

推しは作中で一度しか登場せず、しかも過去回想の中で短時間で退場するキャラクター😂

物語上はすでに死亡している存在であり、与えられている情報も断片的なんですよね。

そのため私は長年、自分なりの解釈(当時は妄想としか思っていなかった)で空白を埋めながら、同人活動などを通じてそのキャラクターと向き合ってきました。

しかし、それらはあくまで断片的な補完に過ぎず、ひとつの整合的な物語としては成立していませんでした。

【方法論】AIとの対話による検証プロセス

推しキャラを10年越しに再解釈しようとおもったきっかけは、ChatGPTとの対話です。

特別なことをしたわけではありません。

久しぶりに見たアニメの感想を皮切りに、当時から抱えていた違和感をそのまま言語化し、ひとつひとつ検証していっただけでした。

やったことはこれだけ

具体的には以下のような作業を、対話の中で繰り返しただけです。

  • 設定資料集や周年本を再確認する
  • アニメ版と絵コンテの差異を比較する
  • キャラクターの装備や描写の細部について気付いたことを言語化する

たとえば、推しキャラのあるアイテムのON/OFFの違いといった細部も含め、それらをすべて言語として外部化し、再検討していったんです。

ここで重要なのは、AIが答えを出したわけではないという点です。

むしろうちのAIは、以下の役割を担っていました。

  • 問いを返す
  • 視点を提示する
  • 既に行っていた思考を言語として整理する

つまりChatGPTは、解釈を進めるための「媒介」として機能していた。

【理論接続】解釈学的循環と地平融合

後からChatGPTに教えてもらったのですが、このプロセスは、後から振り返ると明確に解釈学的構造を持っていたことが分かりました。

具体的には、ガダマーのいう

  • 解釈学的循環(部分と全体の往復)
  • 地平融合(解釈主体と対象の交差)

です。

ペコ
ペコ
それまで名前しらなくて、図書館で本を借りてきました😂

実際に行っていたのは、以下の往復です。

  • 個別の描写(部分)を検討する
  • それを物語全体(全体)に戻す
  • 再び個別へと読み直す

再々解釈の誕生

さらに、自分が10年間持っていた解釈と作品世界が持つ構造が対話の中で交差していき、新しい理解として再構築されていきました。

重要なのは、これは新しく作ったのではなく、すでに存在していた解釈が構造として統合されたという点です。

結果として生じたキャラクターの再統合

このプロセスによって起きたのは、単なる設定補完ではなく、以下のような変化でした。

  • キャラクターの矛盾が解消される
  • 行動や関係性に因果線が通る
  • 評価そのものが反転した

たとえば、それまで「過去回想のみ登場する」「能力もあいまいな弱いキャラクター」「早期退場した存在」とされていた評価は、構造の中で再解釈されることによって、私の中で意味を持ち直しました。

また個人的には、本編で書かれることがなかったキャラクターの“弱さ”が初めて理解できたかもしれない、という感覚が大きかったです。

【考察】AIと創作の主体性

この経験から明確になったのは、AIは創作主体ではないという点です。

今回のプロセスでは、

  • 解釈の方向性
  • 矛盾の検出
  • 統合の判断

すべてが人間側(=ペコ)に依存していました。

AIはそれを補助する存在ではなく、思考を外部化し、往復させる場として機能していました。

したがって、このプロセスは「AIに書かせた創作」ではなく「人間による解釈実践」であると位置づけるべきだろうと考えます。

【最後に】これは何だったのか

以上を踏まえると、今回の私の経験は創作ではなく、解釈の実験であるといえるのではないでしょうか。

そして同時に、オタク的実践は、すでに解釈学的能力を内包しているという示唆も得られたように感じます。

キャラクターに対する違和感や納得のいかなさは、解釈の未完了状態に過ぎません。

それを構造として通したとき、 物語は初めて成立するのではないでしょうか。

 

私が今回行ったプロセスは、もしかするとあなたの推し設定に対する違和感に対してもてきようできるかも!?

 

あなたはどう考えますか?

 

 

 

最後まで読んでくれてありがとダンケ!

あさひなペコ

 

体験ベースの記事は上記をご覧ください!

 

 

参考文献

Grondin, Jean. Hermeneutik. UTB.. Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 2009, Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht.

 

    

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